ヤマハのminiの歴史は・・・と書こうと思ったのですが実際にどれを「mini」と呼べば良いのかと考えてしまいました。
ここは僕の一存で決めることにし、オンロードスポーツは「FS1」から、オフロードは「FT1」からにしました。
排気量は80ccまでとしました。
前知識として、まず排気量によって型式に付くアルファベットを覚えましょう。
排気量 | 型式 | 代表車種 |
50cc | F | FS1,FT1,FX50 |
60cc | J | JT1 |
90cc | H | HS1,HS90,HX90 |
125cc | A | AS1,AT1,AS2,AX125,AT125 |
180cc | C | CS1,CT1 |
250cc | D | YDS1,YDS2,YDS3,DS5,DS6,DX250,DT1 |
350cc | R | R1,RT1,RX350 |
1970年に入ると型名に排気量が表記されるようになり、やがて現在のような表記になってしまいます。
僕は60年代に表記が好きなんだけど・・・
だってヤマハが最初に出した本格250スポーツで「YDS1」ですよ、かっこいいじゃないですか。
そうそう、この部屋は「Yamahaのmini達」でしたね。
それでは50ccスポーツから紹介していきましょう。
●1969年に発売された50ccスポーツが「FS1」です。
1967年に発売された「F5S」をベースにロングタンクや一文字ハンドルを付け、スポーツ色を強くたモデルです。
「FS1」の美点は何と言ってもそのスタイルでしょう。
低く構えた一文字ハンドル、そして細身のロングタンク、カウル付きのシート、5速ミッション、そしてアップマフラーと挙げていくときりがないほど魅力のあるマシンでした。
ただバックステップではないので一文字ハンドルとのマッチングが悪かったのも事実でしたが。
純正アップマフラーからの軽やかな排気音、反響する金属音がたまらなくスポーティーでした。
現在のYBシリーズと同じ構成のプレスバックボーンフレームや前傾のロータリーバルブエンジンを持ち、非力ながらも5速ミッションを駆って排気量を感じさせない走りでライバルのホンダ「SS50」に勝負をかけていました。
残念なことに、僕は「FS1」は所有していませんが、1970年発売の後継車「FS50」をレストア中です。
「FS50」は「FS−1」にブリッジ付きのアップハンドルを付け、カラーリングを変更したタイプです、エンジン等はそのままなので快音を響かせて車速もなんと90Km/hまで達します。
「SS50」にも乗っていましたが、加速の気持ち良さで「FS1」の勝ちですね。(親の欲目?)
最高速は良い勝負でしたが、直線が長いと「SS50」に追いつかれてしまいました。
現在ではもう「FS1」と「SS50」の勝負は見ることが出来ないでしょう。
残念なことに、「FS1」シリーズはその後「FX50」にその座を譲ることになります。
●1972年に発売された「FX50」は、後の「RD50」とほとんど同様のデザインでした。
比べても前輪がドラムブレーキな事以外大きな相違点は見つけられません。
メーカ発表の馬力は6馬力で「RD50」の6.3馬力に比べるとほんの少し不利です。(ほんの少し)
でもこのエンジンは後に「YSR」「RX50」にまで、ハイテンションスティールのフレームは「TY50」にまで受け継がれていった名機といえるでしょう。
●1974年に発売された「RD50」初期型は、ディスクブレーキを装備した「FX50」という感じでした。
ヤマハは当時からディスクブレーキを好んで装備したモデルを送り出してきました。
僕のレーサーも「RD50」をベースに作りましたが、厚くて思いディスクローターとやはり重いキャリパーは小排気量車のレーサーにはちょっとヘビーな気がします。(ほんとにヘビーだね)
初期型は前後17インチでしたが、後に前後とも18インチになりキャストホイールを装備した「RD50SP」へと進化していきます。
●1970年に発売された「FT1」は、ミニバイクの代表選手とも言う「GT50」通称ミニトレの初期のモデルです。
サイズはミニトレとほぼ同じですが「FS1」同様に前傾のロータリーバルブのエンジンを搭載しています。
同年には速度制限や二人乗りができないとのことから60ccの「JT1」も追加発売されました。
僕は「FT1」に乗ったことはありませんが、あのサイズでの二人乗りはちょっと・・・と思います。
●1972年に「GT50」,「GT80」が発売され、前傾のロータリーバルブエンジンは実用車の「YB」シリーズにのみ残ることになりました。
「GT50」は、「RD」シリーズのエンジンをディチューンしたものを搭載し、4速ミッションといえ軽い車体で軽快に走りました。
初期型はマフラーの出口がパイプのみで、サイレンサー風の無いシンプルなマフラーでしたが、後期型ではサイレンサー部分があるタイプに変わっています。(後期型「GT50」)
でも排気音はほとんど変わらなかったように思います。
前輪250−15、後輪270−14という小径タイヤのため実際にオフロードを走るのは得意ではありませんでしたが、改造のベースとしてミニバイクレースだけでなく、街中にも多く見られました。
当時は「セブンスターキャストホイール」,「早矢仕キャスト」,「SP忠男水冷ヘッド」,「野口チャンバー」等の社外パーツがあふれ、ホンダのモンキーに並ぶ人気車でした。
●1976年に「GR50」,「GR80」が発売され、そのまんまカフェレーサーに驚いたものでした。
「GT50」と基本的には共通のフレームを採用しています。
純正でも低かったコンチハンドルなのに、メーカーオプションで一文字ハンドルや小型のタコメーターも用意されていました。
特に「GR50」はゼッケンプレート風のシングルシートを装備し、まさにミニバイクレーサーでした。
このシートは「GR80」にも多く流用されました。
●1972年に発売になった「MR50」が事実上最初の本格オフロード車だと僕は思います。
「RD50」をベースに前後17インチのタイヤ(キャラメルタイヤではないが)で走破性を向上させ、ダウンマフラーやゼッケンプレート風のサイドカバーでモトクロッサーを連想させました。
僕の最初のオートバイはこの「MR50」でした。
憧れだった「XT500」通称エンデューロ500と同じカラーリングにして乗っていました。
思えばこれが改造の道に入るきっかけだったと思っています。(僕の「MR50」です)
●1977年に「MR50」はモデルチェンジを行い少しオフロードらしさが増えました。
フロントタイヤも18インチになりタイヤもキャラメルタイプを履かせてもらいました。
「MR50」は後に、モノショックを装備し80ccタイプも発売になります。
●1975年に本格的トライアルマシン「TY50」が発売されます。
ベースは「RD50」ですが、低速に振ったエンジン特性でトライアル遊びを楽しませてくれました。
フロントフォークはシリーズ唯一の27Φ(その他は26Φ)で、トップブリッジはフルクランプタイプを採用し剛性も充分でした。
リアショックもプリロードの変更が出来るタイプを採用し、他とは一線を画していました。
次のレースまでには僕のレーサーに、このフロント周りを移植してみようと考えています。
短期間ですが「TY80」も並売されていました。
80ccとは思えない低速トルクに、80ccとは思えない最高速(遅い)でした。
●1979年に「GT50」,「GT80」はヤマハお家芸の「モノクロスサスペンション」を採用しフルモデルチェンジをします。
今までの二本ショックタイプから比べると足回りの性能が飛躍的に向上しました。
特にフロントフォークは、今まで右側しかスプリングが入っていませんでしたがこれで左右ともスプリングの入った常識的なものになりました。(YSRも片側スプリング)
車体デザインも同時期に発売された「DT125M」、「DT250M」に近いデザインになりましたが、旧モデルのかわいさが無くなったように思えます。
でも旧型は「DT1」の子供で、新型は「DT250M」の子供だからしょうがないか・・・