ヤマハ125twinの歴史

ヤマハの125twinの歴史は、「AS−1D」から始まります。

「AS−1D」は1966年に発売された90twinのAT−90をベースに翌1997年に発売されました。
ボアストロークは、43×43のスクエアーから15馬力を絞り出しています。

フレームはダイアモンドタイプで、100kgを切った車重を快適に走らせます。
ハンドルダンパーを標準装備し、オプションで一文字ハンドルも用意されスポーツ走行が楽しめました。

同年に「AS−1カスタム」が発売されましたが13馬力にディチューンされてしまいました。

また1968年にアップマフラーを装備したスクランブラータイプの「AS−1C」も発売されました。

翌1970年にAS−2になり、不満があったフロントブレーキがダブルカムに変更されました。
同時にタコメータも装備しフロントフォークもセリアニータイプになり走りもよくなりました。
でもデザイン的には「AS−1」の方が鋭角的で好きです。

1971年にフルモデルチェンジし「AX−125」になりました。
このAXは市販レーサーの「TA−125」のベースになったモデルで、なんとアルミシリンダーを装備していました。

1973年、ついに「RD−125」になります。

RDは1978年まで販売され、「RZ−125」にバトンタッチしました。

当クラブでは、残念ながら「TA−125」は所有していませんが、その他はすべてレストア待ちの状態で保管しているので、少しずつ紹介していこうと思っています。